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長崎地方裁判所 昭和31年(レ)61号 判決

控訴人 坂田徳太郎

被控訴人 国

主文

一、本件控訴棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金二万二千五百五十六円及びこれに対する昭和三十一年三月三日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は、主交同旨の判決を求めた。

控訴人は、請求の原因として、

(主たる請求原因)

一、控訴人は、債権者控訴人、債務者訴外山口幸雄間の、長崎地方裁判所大村支部昭和二十七年(ヌ)第一九号不動産強制競売事件(競売の目的たる不動産は、右訴外人所有の別紙目録記載の六筆の土地外十二筆の土地、競売手続開始決定があつたのは、昭和二十七年十二月九日、競売申立の登記が為されたのは、同月十日(訴状記載の十二日は誤記と認める)である)に於て、別紙目録記載の(一)乃至(六)の土地の最高価競買人となり、昭和二十八年八月十七日、競落許可の決定を受け、この決定は確定したので、控訴人は、これによつて、右各土地の所有権を取得した。仍て、控訴人は、同年九月十一日、その代金及び所有権移転登記その他に要する登録税を完納した。(尚配当は、同月二十五日、

実施された。)

二、これより先、右六筆の土地の内、(一)、(二)、(四)、(五)、の四筆の土地(以下本件土地と言う)に付ては、旧自作農創設特別措置法に基いて、昭和二十六年十一月一日、国家買収の処分が為され、昭和二十七年十二月二十三日、長崎県知事の長崎地方法務局大村支局に対する嘱託によつて、国の為め、右処分による所有権取得の登記が為された。

三、併しながら、競売申立登記後に為された登記は、競落人に対抗し得ないものであるところ、国の為めに為された前記所有権取得の登記は、競売申立登記後に為されたものであるから競落人たる控訴人に対抗し得ず、従つて、無いに等しい登記であり、而も所有権の取得は、よしそれが法に基く国家の買収処分によるものであつても、登記のない限り、利害の関係を有する第三者に対抗し得ないものであるから、国の前記処分による本件土地に対する所有権の取得は、之を以て、競落人たる控訴人に対抗することの出来ないものである。従つて、本件土地について、前記処分が為され、且、国の為め、その処分による所有権取得の登記が為されて居ても、控訴人に対する関係に於ては、国に所有権があることにはならないのであるから、右事実の存在することは、控訴人が、右各土地の所有権を取得することについて何等の妨げにもならないのであつて、控訴人は、前記競落許可決定の確定によつて、完全に、右各土地に対する所有権を取得したものである。

四、然るところ、長崎県知事は国の為め、前記登記が為された後前記支局に対し、本件土地に対する各登記用紙閉鎖の申出を為する共に、本件各土地に対する売渡処分に基いて、その各売渡の相手方の為めに、新なる地番、地目及び地積を設定して、その各所有権保存登記の嘱託を為し、これによつて、昭和二十八年一月二十七日、右各登記用紙の閉鎖が為されると共に、その頃、その各売渡の相手方の為めに、新な所有権保存の登記が為された。(これ等の閉鎖及び保存登記は、孰れも、競売申立登記後に於て為されたものであるから前記法理によつて、競落人たる控訴人には対抗し得ないものであるから、孰れも、無いに等しいものであつて、控訴人の所有権取得に対し、何等の妨害にもならないものである)。この為め、執行裁判所たる前記支部が、控訴人の為めに為した、前記支局に対する本件各土地に対する競落による所有権取得登記負担記入登記の抹消嘱託をを含む。)は、却下されて、その登記が不可能となり、一方、本件各土地に対する土地台帳の登録は、全部、除却され、本作土地上の立木は、原所有者たる前記訴外人に対する行政処置による伐採命令によつて伐採され、その各土地は、売渡を受けた夫々の第三者によつて開墾されて、原形を止めず、原土地区分界も、又、他の土地との原区分界も、総て、消滅に帰し、その上、前記の通り新な地番、地目、地積、区分界が設定されて、原土地の何れの土地に該当するのか、全く、不明に帰し、為めに、控訴人が本件各土地に対する所有権を取得した当時以後に於ては、その取得した所有権は、現実には、之を行使し得ないと言ふ状況にあるのである。

五、その様な所有権は、その内容を為すところの実体のない所有権であつて、言わば、名のみあつて実のない、空虚な所有権であるに過ぎないのであるから、この様な所有権の取得は、実質上、その取得がなかつたに等しいものであると言わなければならない。これは、帰するところ、控訴人が、実質上、取得し得べき利益を、取得し得なかつたと言うことになるのであるから、得べかりし利益を喪失した場合と同視し得るのであつて、それは控訴人にとつて、損害であると言うことの出来るものである。

六、而して、右損害は、前記事実の存することによつて生じたものであるところ、右事実の発生に根源的な原因を与えたものは、国家機関としての長崎県知事及び公務員たる前記支局の登記官吏であつて、これ等の者は故意又は過失によつて前記法理の存することを無視し、夫々前記処置を為して右事実を発生せしめ、因つて、控訴人に、右損害を蒙らしめたのであるから、国は、控訴人の蒙つた損害を賠償する義務がある。

七、損害の額は、控訴人が、競落によつて、取得すべき筈であつたところの、本件四筆の土地の価格相当額であると主張するものであるところ、右価格相当額は、合計金二万千三百五十円であるから、之を以て控訴人の蒙つた前記損害の額であると主張する。

八、更に、控訴人は、前記の者等の、前記故意又は過失ある行為によつて、その支出を余儀なくされたものであるところ、これ等の支出は、前記登記嘱託の却下によつて、無用の支出となり、これによつて、控訴人は、右支出と同額の損害を蒙つたことになるのであるから、国は、この損害をも賠償する議務がある。

(1)  金九百三十六円。

本件土地に対する競落による所有権取得登記の登録税。

(2)  金二百七十円。

本件土地に存する負担記入登記抹消の登録税。

計金千二百六円。

(予備的請求原因)

九、仮に、国の前記所有権の取得が、これを以て、競落人たる控訴人に対抗し得るものであるとするならば、控訴人は、本件土地の所有権を取得して居ないことになるのであるから、控訴人が本件土地の競落によつて、支出した金員は、控訴人にとつて、全部、無用の支出であつて、控訴人は、これによつて、右支出と同額の損害を蒙つたことになるのであるが、右支出は、執行裁判所たる前記支部の、控訴人に対する前記許可の決定があつたことによつて為されたものであるところ、本件土地の所有権を、国に於て取得したものである以上、右競落は、之を許すべきでなかつたに拘らず、右執行裁判所は、敬意又は過失によつて、之を看過し、控訴人に対して、右競落許可の決定を為し、因つて、控訴人をして、右支出を余儀させ、以て、控訴人に、右損害を蒙らしめたのであるから、国は控訴人の蒙つた右損害を賠償する義務がある。而して、控訴人の為した右支出は、控訴人が、前記主たる請求原因に於て主張した各金額の合計額と同額であるから、国が控訴人に賠償すべき額は右の額である。

一〇、仍て、控訴人は、被控訴人に対し、前記各金額の合計額たる金二万二千五百五十六円及び之に対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日たる昭和三十一年三月三日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為め、本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

立証として、

甲第一号証を提出し、

乙号各証の成立を認めた。

被控訴人は答弁として、

一、控訴人主張の請求原因事実は、控訴人主張の様な事実が存在し、その為め、所有権の行使が出来ず、所有権が実質上、名のみあつて、実体のない空虚なものとなつて居ると言う点のみを争い、この点を除くその余の事実は、全部、之を認める。

二、控訴人は、競落によつて、その主張の通り、本件土地について、完全に、その所有権を取得して居るのであつて、その所有権を実質上無にする様な事実も全然存在して居ないのであるから、控訴人には、何等の損害もない。故に、控訴人の本訴請求は失当である。

と述べ、

立証として、乙第一乃至第六号証を提出し、甲第一号証の成立を認めた。

理由

一、控訴人主張の請求原因事実中、以下に於て為す判断に関係のある事実は、全部、当事者間に争のないところである。(但し、後記第四項の事実中、甲第一号証によつて認定した事実は、之を除く。)

二、執行裁判所が、法に基き、強制競売手続開始決定によつて、債務者に対し為すところの処分の禁止は、債務者に対し、債務者自身の意思による、競売の目的たる不動産に対する任意の処分を禁止することを目的とする処分であるのに対し、旧自作農創設特別措置法に基いて為すところの、国の買収処分による所有権の取得は、個人の意思とは無関係に、国が、法に基き、国の一方的意思によつて、強制的に、所有権を取得する処分であるから、両者は、共に、国の強制的処分でありながら、互に、その性質を異にし、前者がその本質に於て、行為の禁止であつて物に対する処分を含まないと解せられるのに対し、後者は、その本質に於て、物に対する処分であると解することが出来るのである。従つて、前者の処分が為されて居ても、それは、唯、処分行為の禁止が為されて居るだけであつて物に対する処分は、何等為されて居ないのであるから、物に対する処分たる後者の処分を為すことの妨げにはならないのである。(反対の場合、即ち、先に、物に対する処分が為された場合には、それによつて処分の対象が無くなるので、行為の禁止即ち前者の処分を為すことが出来ないこととなる)。故に、前者の処分が為された後に於ても、後者の処分を為すことが出来る。而して、競売申立の登記は前者の処分の為されたこと、即ち、行為禁止の処分の為されたことのみを公示するに過ぎないものであつて、(この為めに、その登記後の処分行為に基く登記は、競落人その他の強制競売上の利害関係人に対抗し得ないこととなる訳であるが)、後者の処分、即ち物に対する処分に関しては、無関係であるから、右登記の為された後に於て、後者の処分の為されたことを登記しても、その登記は競売申立後の登記たる性質を持つことはないのである。従つて、後者の処分による所有権取得の登記が競売申立の登記後に為されても、その登記は、之を以て、競落人その他の強制競売上の利害関係人に対抗し得るのである。又、前記法に基く、国の処分による所有権の取得は、永久的に国に於て、その所有権の取得するのではなく、その所有権の取得後に於ては、やがて、之を個人に売渡す処分を為して、之を流通界に投入するに至ることが予定されて居るのであるから、その所有権の取得行為は、国の権力による行政処分であるとは言ふものゝ、一般取引界に於けると同様に、取引の安全の保護と言ふ法理念によつて、その制約を受くべき性質を有するものと解するのを相当とすべく、従つて、前記法に基く国の処分による所有権の取得も、その登記のない限り、利害関係ある第三者に、対抗し得ないと解されるのである。

之を本件について観るに、本件各土地に対する、国の前記法に基く処分による所有権の取得については、昭和二十七年十二月二十三日に、その登記が為されて居り、その登記は、競売申立の登記後に為されたものではあるが前記理由によつて競売申立の登記後になされた登記たる性質を有しないものであるから、国は、その所有権の取得を以て、競落人たる控訴人に対抗することが出来ると言はざるを得ない。而して、その登記は、競落許可の決定の為される前に、既に、為されて居たのであるから控訴人に於て、右決定を受け、それが確定して居ても、本件各土地に対する所有権は、之を取得するに由ないところである。

三、而して、控訴人の主たる請求原因に基く請求は、控訴人に於て本件各土地の所有権を取得したことを前提とするものであるところ、控訴人に於て、その所有権を取得して居ないこと、前記の通りであるから、その請求は、その前提に於て、既に理由がなく、従つて爾余の点について、判断を為すまでもなく、失当たるを免れないものである。

四、次に、本件各土地に対する所有権は、国に於て、之を取得し、控訴人に於て、之を取得して居ないことは前示の通りであり、又、国の右各土地に対する所有権の取得及びその登記が、控訴人に対して為された競落許可の決定前に、既に、為されて居りこの事実を、執行裁判所が、右決定前に了知して居たことは、成立に争のない甲第一号証の存在とその記載とに徴し、之を知ることが出来るのであるから、同裁判所は、右決定を為すべきではなかつたと言ひ得るのであるが、この様にしないで、同裁判所が敢えて、その手続を進行し、控訴人に対し、右決定を為すに至つたのは、右認定の事実あることゝ、同裁判所が、敢えて右決定を為した経緯とに鑑み、国の前記法に基く買収処分による所有権の取得も、その登記のない限り、競落人その他の利害関係ある第三者に対抗し得ないものであり、又、その登記が為されて居てもそれが、競売申立の登記後に為されたものであれば、その登記は、競落人に対抗し得ない登記であるから、無いに等しく、従つて、国の所有権の取得は、競落人に対抗し得ないものであるから、競落人たる控訴人は、前記決定によつて、本件各土地の所有権を取得したものであると言ふ見解を有して居た結果によるものと推認されるのであるが、これも、亦、法解釈上の一見解であつて、この見解が、当裁判所の前記判断に反するからといつて、直ちに、右見解に基いて為された前記の決定が、故意又は過失に基く不当な処置であるとはなし難く、その他に右裁判所が、故意又は過失によつて、右決定を為したと言ふ証拠もないのであるから、同裁判所に、故意又は過失のあつたことは、之を認め得ない。而して、控訴人の予備的請求原因に基く請求は、右裁判所に、故意又は過失のあることを前提として居るものであるところ、その前提事実の認め得ないこと右の通りであるから、爾余の点についての判断を為すまでもなく、失当と認めざるを得ない。

五、以上の次第で、控訴人の本訴請求は、全て、失当であるから、その請求を棄却した原判決は、結局、相当であつて、本件控訴は理由がない。

六、仍て、本件控訴は、之を棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 林善助 田中正一 岡野重信)

目録

(一) 大村市荒瀬郷字大門千百五十八番

一、山林 一畝歩

(二) 同 上千百四十六番

一、山林 五畝五歩

(三) 同 上字坂口千五十七番の三

一、宅地 二十八坪一合二勺

(四) 同 上字大門千百四十五番

一、山林 九畝二十歩

(五) 同 上千百五十番

一、山林 十歩

(六) 同 上宮代郷字広谷又四十番

一、原野 十四歩

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